まばゆい花だと思った。店先のバケツに挿された、赤みの強い山吹色の大輪の花は一際目を引く。青天のこの日、根を失くした筈の花はたまたまどれもお日さまの方を向いていた。
「どうかしました?」
「ひまわりが――」
「ああ、綺麗ですね」
ただ一言。それだけで、ホークスは何のことか分かったらしい。彼も窓越しの眼下に見える花屋に視線をやって、当たり障りのない感想を言った。彼は目もいい。
「…………」
「なんすか」
この話題は、自分から振ったようなものだった。それを、何と答えたものかと無言でじっとホークスを見つめるしかできなかった。何とも微妙な表情だったに違いない。
彼はやはり、何処か不服そうな顔つきと声で聴いてきたのだった。
「花を綺麗と思う情緒があったことに驚いて」
「……貴女、人を何だと思ってんです」
誤魔化したところで意味もないだろうと思い直して、私は正直に白状した。今度はホークスが呆れとも心外とも言わんばかりに眉下げる。
確かに大概な台詞ではあるけれど、彼が余り一般的な嗜好品を愛でないのは事実だろう。言い返せないからこそ、はっきりした物言いをしない――いや、できない。
ホークスの零した答えを求めていない呟きに、私は少しだけ考えて、思いついた言葉が口から滑り出る。
「ヒーロー馬鹿」
ヒーロー本人に言うのも何だけど。ホークスは一瞬目を見開くとぶはっと吹き出して、そのまま声を上げて笑った。
「ヒーロー馬鹿! 確かに!!」
今自分が言ったのも誉め言葉ではないだろうに、否定はしないのだな、と思った。自身がヒーローであり、彼の存在存在する意義も理由も全てがヒーローなのだ。おまけに熱烈なナンバー1のファン。
「最近、花を綺麗だと思うようになってきたんです」
一頻り笑うと、ホークスはふうと息を吐いてガラス越しの花屋を撫でた。うっすらとついた指紋の先で、たくさんの花が揺れている。
「そうなの?」
彼は、余りにもヒーローだった。ヒーロー足りえる為に、普通なら当たり前のように色々なものを犠牲にしてきた人だった。公安にある彼の資料の詳細は、どれも味気ない訓練のことばかりだ。
だからこそ、彼にとって趣味嗜好というのは一番後回しにされてきた訳で。強いて言うなら、趣味:ヒーローかもしれない。
「そりゃ、誰かさんが好きみたいですし?」
「……私は、一般的な話をしただけだよ」
花は綺麗で大概の人は好むもので、流行りの曲やドラマも色々あるのだと。市民はそれを見て楽しみ癒され生きていくのだと。そんな話をしたことがあった。
――貴方の好きなものは何?
そう尋ねたことがある。彼はその時、困ったように流行りの曲位知ってますよ、と答えにならない返事をしただけだった。
任務の為、他人の心を掴む為に、情報を取得しているのは明らかだった。重要なのは、ヒーローであることと、憧れ続けた人のことだけだったんだろう。
「名前とか種類とかは分からんけど。綺麗だと思うようにはなりました」
ホークスは、私が寄せていた眉間の皺の真ん中に人差し指を指すと、からっと笑った。彼の含みのない笑いは、色々なことをさせている公安私にとって救いだ。分からない、と言えること自体が、彼が気負っていないことの証のような気がして嬉しかった。
「ひまわりも、好きですよ」
先程話の端に昇った花を、琥珀色が見つめている。眇められた目尻が柔らかい。私の心臓が、ぎゅっと引き絞られた気がした。
ただただ、エンデヴァーを見ていた。その先のヒーローを見つめ続けた人。
ああ、彼はひまわりにそっくりだ。
「うん、私も好き」
彼に似ているから気になったのかもしれない。ふっと顔の力が抜けて私も笑顔になる。花の力って、何て偉大なんだろう。
見上げた視線が合致する。彼の瞳孔が揺らめいた気がした。
「ヒーローばっか見よってから――」
「何か言った?」
彼らしくもない、ぼそぼそとした音量に聞き返す。まだ何か続きを言っていなかっただろうか。彼の目元が僅かに動き、顔の筋肉が緊張している。
ホークス、と彼の名前を呼ぶ。
「イーエ、何にも!」
ジャケットのファーを引き上げた顔を、彼はもう見せてはくれなかった。
7/20 ... 『ひまわり』
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