「なまえさん」
セックスしてすっきりした後は、大概の男は全部がどうでも良くなるらしい。否定はしないが、全面的に肯定するかといえばそうでもない。
何も着ないまま、ケットを引っ掛けただけの彼女の名前を呼ぶ。自分とは違う方を向いていた顔を振り向かせることに成功して、ホークスは心の中に喜びを隠していた。
「……落ち着いたらお風呂に入ってくるといいよ」
薄く微笑んで俺の頬を指先でなぞったなまえがそう告げる。彼女は、いつもこうだ。
セックスするのを前提に、お風呂を洗って予約して、湯をためておく。性欲がすっきりした後にはさっぱり汗も流してこいという訳だ。全くもって至れり尽くせり。お風呂がという訳ではない、全てが。
「一緒に入りましょっか」
「私、まだ動きたくないの」
男も真っ青な位、行為後の彼女は素っ気ない。
自分にしかメリットのない、身体の関係しか持っていない相手だからなのかもしれない。ホークスが必要以上になまえの為に動くことも、立ち入ることも、彼女はいい顔をしない。その割に、連絡すれば何時でも予定を空けて、支度を整えて甘やかしてくれる。このホークスにばかり都合のいい関係が便利で気楽だったのは、本当に最初の一瞬だけだった。
「俺が運んで洗ってあげますよ」
「そんなことに個性使わなくていいよ?」
恋人同士ではないから、線を引かれるとそれ以上は踏み込みがたい。無理やり抱き上げて連れていって、拗ねられながらも彼女が甘えてくれるとか。自分達は、そんなことが成立する関係ではないのだ。そもそも、前提が抱っこではなく羽根個性である時点で、自分達の関係性の枯れ具合が知れている。いや、身体の関係はあるけれども、だ。
「ホークス」
今日も寂しく独りでお風呂に向かうべく、ベッドから立ち上がったホークスを、なまえが呼んだ。
「気持ちよかった?」
「そりゃあもう。すっごく」
気持ちいいに決まっている。軽口めいたやり取りも、表面上のものでしかない。しかし、彼女はいつもそれで微笑むから、ホークスは止められない。
なまえは、全てホークスのしたいようにさせてくれる女性だった。一度、自分でも引くような希望オーダーを出したら、それすらも平然と頷かれて、言った張本人が焦る羽目になった。そして、彼女はいつも最後に言う。
「なら、良かった」
安堵したような表情に、愛しさが込み上げる。
もう一度抱きしめて、組み敷いて、突っ込みたい。それが自分の希望なら、多分彼女は許して身体を明け渡してくれるだろう。でも、それは啓悟自分の為ではなく、ホークスヒーローの為だ。自分でも意外なことに、分かっていて手を出せる程図太い神経ではなかったらしい。
「……俺の、ご褒美ですからね」
なまえのこめかみの辺りに、キスをした。これ位ならスキンシップの範囲として無理はない。髪からは、ふわりと彼女のいつものシャンプーの匂いが漂っていて、思わず目を細めた。なまえはそれを甘んじて受け入れた後、打ち切るように、行ってらっしゃい、と言葉を紡いだ。
▽
シャワーヘッドの高さも角度も、変える必要が一切ない。身体と髪を洗って湯船に浸かると、やはり一番快適な温度になっている。この関係がなんとなく始まってから研究され尽くした、ホークスの好みをなまえはよく分かっている。
「気持ちよかー……」
湯船に手を付いて、息を吐く。疲労も何もかも、湯に溶け出てしまえばいい。浴槽に頭を預けると、背で小さくなった翼が窮屈そうに軋んだ。
風呂に入ると、声もない。水が落ちたり跳ねたりする音で思考だけがはかどってしまうのは、よくあることだ。なまえとの関係は、他人に話すには爛れて拗れ過ぎていると分かっているからこそ、誰にも話せない。
『それなら、みょうじさん。俺とシてくれます?』
『ホークスが望むのなら』
始まった日のことを思い出していると、お湯の中に顔の下半分が浸かる。口から出た空気がぶくぶくと音を立てて泡になって、爆ぜていく。
振り返って、ああだこうだと考えるのは趣味じゃない。そんな無意味なことをするなら、何かした方が余程建設的だと自分でも思うからだ。
『公安こちらの都合で窮屈な思いばかりさせるのは、申し訳ないもの』
――それでも、もし。
あの時、自分が彼女の提案に乗らなければどうなっていただろう。そう思うことを、何度も心の中で繰り返し繰り返し、止めることができないでいる。