「悪いな」
私が差し出した紙袋を、消太が受け取った。中身は私には特によく分からない彼の私物だ。間違ってないかを確認して、ありがとう、と短くお礼を言われる。
「いいよ、平気」
教職員寮に入った後に自分の部屋を引き払った時、消太は特に必要ないものは私の部屋に全部置いていった。迷惑と言うよりは信頼と気を許してくれてる証拠だと思ってはいるけど、たまにこういう時に使われる。
「あんまり無理、しないでね」
今年度に入ってから、大怪我やら苦手なマスコミ対応やらしている消太が、私は心配で仕方ない。セキュリティ上の関係で全寮制になってしまった雄英の、しかも渦中のヒーロー科の担任なものだから、外出は今まで以上にままならなくなってしまった。
「……大丈夫だ」
「うん」
休日の午後とはいえ、どデカい学校の正門前で、お互いそれ以上は何も言えなかった。まして片方はここの先生だし、個人的な話は当然、触れることさえ躊躇した。
本当は手に触りたい。腕にぎゅってしたい。頬に手を添えて、抱き締めて欲しい――こんな場所で、できっこないけど。消太は腕を伸ばしてきて、一瞬ためらった後、私の頭に手を置いた。
「あー!!」
突然の叫び声に、消太の動きが止まった。私もびくっと身体が揺れる。ピンク色のふわふわのコが、思いきりこっちを指さしていた。
どういう教育してるの、とばかりに消太を見ると、ふいっと私の視線から逃げるように顔を背けた。ほぼ同時に、手はあっと言う間に引っ込んでしまう。
「彼女さんですか!?」
きらっきらの目が消太に向けられている。勢いがすごい。高校生だったら一人や二人、恋バナ好きな子がいたっておかしくないけど、若いってすごいなぁ。私は関係者じゃないからだんまりを決め込む。
「…………嫁さんなり恋人なり、いたっておかしくないだろう」
「確かに!」
眉間の間の皺がすごい。教師がするような顔じゃない消太もどうかと思うけど、それに負けずに笑ってぐいぐい行けるこのコもすごい。
面倒臭いと思ったな、消太。で、誤魔化すか考えたけどやっぱり面倒だから止めたんだろうな。実際悪いことしてる訳じゃないし、隠す必要だってないのは確かではある。
「何か、意外だな。先生、もっと違う感じ好きっぽいのに」
「上鳴くん、その言い方は失礼だぞ!!」
全員はいないかもしれないけど、たくさんの高校生に囲まれるのはなかなか壮観だった。若いって本当にすごいなぁ。大人になったらこうはいかない。身近に学生さんがいない私には、本当に久々の感覚で。
「あ」
言われた内容は確かに失礼だったし、それを本人の目の前で指摘しちゃうのも結構ひどいんだけど。素直で感情豊かな彼らが、何だかおかしくなってきてしまった。
確かに、私たちは傍目に見てお似合いではないかもしれない。というより、消太の横に立ってお似合いって言われる女の人っているんだろうか。私がかっこいいと思っていても、消太が見た目に頓着しなさ過ぎるのは疑いようのない客観的事実だ。
笑っちゃいそうで、ちくっと痛んだ胸は隠したまま。大丈夫、と断りながら、にこにこ笑って会釈してみせる。今、私が下手なことを言わない方がいい。消太はそんな私と生徒さんを交互に見ながら、不機嫌そうに頭を掻いた。馬鹿だな、と漏れた呟きが聴こえてくる。
「こんな何時どうなるか分からない仕事してるのに、顔の好みだけで選ぶ訳ないだろう」
ここは外で、人間がたくさんいて、おまけに消太の声はそんなに大きくはなかった。それなのに、やけに通って大きく聞こえたのは、周囲の音とのタイミングのせいなんだろうか。
私は思わず消太の顔を見上げてしまった。間接的な好意の発露に、ぶわぁっと顔が熱くなる。
きっと、生徒さん達の中でも当てられた子がいるに違いない。私と同じで止まってる子が何人かいて、さっきのコなんて顔を赤くしながらきゃーって叫んでる。お願いだから喜ばないで、恥ずかしい。
「おまえら、敷地内とはいえ校門近くをうろつくな。早速と戻れよ」
消太の教師らしいご指導に、若き高校生達が散っていく。何だかどっと疲れた。パワー全部吸い取られてった気がする。あのコ達と、消太に。
「消太」
「何だ」
「さっきのはちょっと……ずるくない?」
まだ冷めない熱と、恥ずかしさと――きっと、これは嬉しいんだ。軽々しく好意を口に出さない消太だから。私の中身全部好きって言われたみたいだ、と思った。
「顔も、好みじゃないと言った覚えはないぞ」
「うう。今日は何かよく喋るね」
普段よりも口数多く、思ってることを全部言ってくる。これは、私がちょっと見た目気にしたのに気付いてる。追撃にもう降参したい。
「なぁ。これ、別にいらなかったって言ったらおまえ怒るか?」
消太は紙袋をぱしっと手で叩いた。交通費は消太持ちとは言え、関東から雄英までは新幹線の距離だ。休日潰して遠くから来て、届けに来いと言われたものが本当はいらないってどういうことだ。
来たってどうせ校門までで、私は中には入れない。消太もこの状況下で、私情で生徒達から離れるような真似はきっとしない。ほんとにたった一時、顔を合わせる為だけに、私は呼びつけられたんだ。
「いつでもどうぞ! もう!!」
それを嬉しいと思ってしまうんだから、私も大概なのかもしれない。