愛してるにはまだ早い

「愛してるっていうゲームがあるらしいんですよ」
 
 彼女の家にいる時、タブレットを見ている彼女にそう言った。彼女は顔を少しだけ上げてちらりとこちらを向くと、ふーんと短く呟いただけで、視線はまた画面に逆戻り。つれない。この人は本当につれない。
 確かにその魔法の板は何でも探せるし何でもあるし、無限に楽しいことが詰まっている。だが、しかし。仮にも付き合ってる筈の恋人に対してその素っ気なさはいっそ清々しい。
 
「何、ホークス。愛してるゲームしたいの?」
「サイドキックらに聞いて、面白いなァと」
 
 視線はそのまま、ほっとかれているようで、彼女はいつも絶妙なタイミングで声を掛けてくる。愛してるゲームとはまた、何とも安易なネーミングだ。ただ愛してると繰り返すだけなのに、子どもはやらない男女の駆け引きなのだろう。事務所でSKと何でこんな話になったのだか、最早覚えていない。
 
「それ、合コンとかでやるやつだよ」
「ごう……っ」
 
 それは聞いていない。しれっと伝えられた新しい知識に言葉が詰まる。俺を伺いながら、彼女はぶはっと吹き出していた。
 公安育ちからのヒーローで、そういった会には縁がないし、多分これからもお世話になる予定はない。彼女は以前、したことがあるのだろうか。出会いの為に男女集まって、愛の言葉を言いあっていたんだろうか。
 
「愛してる」
 
 二人だけの空間で、彼女の声が響いた。言われたことのない熱烈な台詞はやけに通る。どきりと胸が鳴り、思わず彼女を見ると、斜め下からの視線とぱちりと合った。ただただ音だけの感情の籠らないそれに、彼女は俺に付き合ってくれたのだというのはすぐに分かった。
 
「……愛してる」
 
 俺も同じ言葉を繰り返す。彼女は薄く微笑んで、また画面に視線を戻した。
 
「もう一回言って?」
「はい!?」
「そういうゲームでしょ」
 
 リアクションは良くて、照れたら負けの単純なルールだ。ゲーム初心者は年長者には敵わない。いや、そもそもこれは顔を見ながらするはずなのだから、ルール無用なのかもしれない。少し考えを巡らせる。どうやったら、普段見せてくれないような表情を拝めるのか。
 背を壁に預けたままでこたつに入っている彼女の傍に寄ると、少しだけ横にずれてスペースを空けてくれた。正方形の机は狭い。入らせてもらうと、肩が押し合う程に近付いた。
 
 足元から、肩先から、種類の違う熱がじわりと冷えた身体を温める。何気なく、平凡で、穏やかな時間が、心に柔らかな灯を燈す。緩んだ口からふー、と溜息が漏れた。
 
「好いとうよ」
 
 ほろりと口から滑り落ちていた言葉は、自分でも驚く位に自然に出てきた。俺に触れている肩が僅かに揺れる。沈黙が二人の間に流れて、そんなつもりではなかったのに、何だか気まずい。
 
「あの――」
「……私も」
 
 耐えかねて、口を開きかけた瞬間。小さな返事に、耳を疑った。
 
「えっ?」
 
 気持ちを疑ったことはない。ささやかな好意は、想いがなければありえないようなものばかりで。重ねられ、それを感じながら一緒にいる時間を過ごしている。それは幸せ以外の何ものでもないけれど、はっきりと明確に言葉にされることは滅多にない。
 真横に座る恋人の顔を凝視していると、彼女はおかしそうに笑った。
 
「はい、ホークスの負け」
 
 笑みを深くして告げられる。ゲームはまだ続いていたらしい。本気でどきどきしたってのに、それはちょっとひどくはないですか。
 こたつの布団の下で立てた膝に、顔を埋める。耳まで赤くなっているかもしれない。完全にしてやられた。
 
「ずるい…………」
「何それ。私、嘘吐いたことないよ」
 
 少しだけずらして、片方の目だけで彼女を見る。俺と同じように自分の膝にほっぺたを乗せて、顔も目線も同じ位置だ。
 一緒にいるのは居心地が良くて、好きで、まだ恥ずかしさが残っている。多分、俺たちに、愛してるはまだ早い。
 
「分かってます。嘘吐いたなんて思ってませんて」
 
 好きなんでしょ、俺のこと。
 ぼやいた呟きに、彼女は歯を見せて笑う。その笑顔は大人びた普段よりも、感情に素直で幼く見えた。
 
 俺は、一生この人に勝てそうにない。