視界は、暗がりからほのかな橙に染まっていった。
目の奥を眩い光に照らされ、瞼に一度、力を入れてゆっくりと開く。見慣れた自分のものではない部屋に、窓から西陽が射しこんでいるのが見えた。
まだ重い瞼を掌底でこすりながら、彼女の部屋に来ていたことを思い出す。いなくてもその内帰ってくるだろうと踏んで、勝手に上がりこんで。ベッドで暇つぶしにテレビを見ながら、そのまま寝落ちていたらしい。
やけに静かだった。エアコンの音位しかしていない。自分が興味もなく見ていた筈のテレビは、無意識に消していたんだろうか。身体を捻ると、掛けてあったタオルケットがはらりと落ちた。
「何なん……」
消した覚えのないテレビと、どこからか出てきたケット。ぼんやりとしていた思考が、急激に動き出す。鋭くなった個性がすぐ近くに、本当にすぐ傍に、ずっといた存在を感知する。
「なまえ? ……なして」
ベッドの上、壁と俺の間でちんまりと丸まっている。頭が少しだけ俺の背中に触れる程度の位置は、彼女が起こさないように気にしてくれたからなんだろう。ぴったりとくっついているよりも、離れているよりも、じわじわクる。
彼女の性格や考え方を知っているからこそ、どうしてこうなっているのかが分かる。そういう存在が自分にもいる、その事実がむずがゆい。多分、嬉しいのだ。
彼女の緩みきった頬のラインとなだらかに落ちた眉が、幸せそうな寝顔を彩っている。午後の光がカーテンに揺れ、彼女の目元を照らし出すと、眩しそうにしかめられる。自分の上半身で光を遮ってあげると、僅かに動いた唇が、口角を上げて笑顔になった。
「……何なん、このかわええの」
こめかみに掛かっている髪をそっと払う。ゆっくりと、何度も、力を入れずに。撫でるとさらさらと動く髪が気持ちいい。くすぐったいのか、もぞもぞと顔が動いて俺の手に当たる。甘えて擦りつけてくるような動きにたまらず、滑らせた親指と中指で彼女の頬を柔やわくつまんだ。
「ん……ぅ」
鼻から抜けるように繰り返される寝息が、風の音に混じってよく聞こえる。耳の奥に響いてくる。他の音は些細なもので、聞こえているのに、ちっとも気にならない。もう少し、この空間に浸っていたいと思った。
細心の注意を払って、彼女を少しばかり動かす。再びベッドに転がって、後ろから彼女を抱き込んだ。触れる瞬間、起こさないか馬鹿みたいに気を遣っている自分があんまり滑稽で、らしくない。でも、これでいい。
――おやすみなさい。もう少しだけ。
目を閉じて息を大きく吸い込むと、彼女のシャツからは汗とお日さまの匂いがした。