てるてる坊主

 雨がたくさん降ればいいのに。
 
 そう願う反面、太陽が地面を乾かし、あの人の行く道が安全であって欲しいと切に祈っている。
 
 
 

 
 白い木綿は、余った端切れ。雑巾にしようかとすら思っていたような布を継ぎ合わせ、一枚の布にした。針を動かし、糸を手繰り、奇妙な形ができていく。降り続く雨と湿気が固い木綿を柔らかくしていると、辿る指先で感じた。
 
「君は、先刻から何を作っているんだ?」
 
 なまえから少しばかり離れた所に胡坐をかいて本を読んでいた杏寿郎が、伺うようにしていた視線を隠すのを止めた。こちらを見て直接的な問い掛けをする。 
 
「さて。手慰みですよ」
 
 彼の隊服でも、なまえや杏寿郎の着物でもなく、これは繕い物には見えないだろう。縫い地に針を当て、糸を掛け回す。押さえたままで抜いた糸は、綺麗な粒を生成りの上に作った。
 
「想像もつかん」
「杏寿郎様は裁縫に縁がないんですから、当然です」
 
 脇にあった裁縫箱から隅で丸まっていた綿を取り出す。布地の真ん中に置いて、包んで、糸で縛った。
 
「これでどうです」
「……珍妙なものを作るな。君は」
 
 見慣れた形になっただろう、なまえの膝の上に転がっているそれを見て、杏寿郎は眉尻を下げた。
 
「そうですか? 一つもおかしいことなんてないのに」
 
 次の日が晴れるようにと軒先に吊るす――てるてる坊主を、雨が降った今日作って不自然なことは何もない。
 なだらかな下降線を描いている彼の凛々しい眉が、先程の自分の言動との矛盾を問うている。責めているのでもなく、ただ、訊いている。
 
「止んで欲しいと?」
 
 強雨に見舞われた今日、夫の職務は臨時の休暇となった。道なき道を行くこともある鬼殺の士達が無為な危険に晒されることのないようにとの本部の配慮に違いなかった。
 雨が降っていることを、延いては休みとなったことを、嬉しいと思ってしまった。その感情を吐露した時、彼は腹立だしい程に意外そうな顔をして見せたのだ。
 
「そうですね」
 
 単調に返したなまえに、彼の眉がぴくと動いている。臍を曲げた癖に、話が違うではないかと言いたげにしている。それがおかしくて、なまえは目元を緩ませて杏寿郎を見た。
 
「休暇を頂くことと、雨が降ることは同じではありませんから」
 
 たまたま今日、二つが重なっただけ。
 雨が降ったから休みになったまでのこと、雨が降らずに休みになったなら、尚のこと良い。彼の言う珍妙な物体を持って立ち上がると、膝に残っていた糸くずがはらはらと落ちた。
 
 締め切られた雨戸の外で、雨の気配がしている。開ければ濡れるだろうし、こんな夜更けに音を立てるのは気が引ける。折角作ったてるてる坊主をどうしたものかと窓際で立ち尽くすなまえの肩を、杏寿郎が後ろから撫でた。
 
「何処でもいいのか?」
「ええ、吊るしてやれれば」
 
 攫われていった布人形を、杏寿郎は僅かに突き出た釘に掛けた。なまえでは届かない高い場所に、なまえはてるてる坊主を見上げる格好になった。
 
「明日は、晴れるだろうか」
「そうだとよろしいですね」
 
 杏寿郎も隣で壁を見上げる。指先をてるてる坊主に伸ばすと、ゆらゆらと揺れた。これでいい。高く掲げ、晴れますようにとの自分の願いがお天道様に届けばいい。
 
「何故作った?」
「晴れた方が、道は歩きやすいでしょう?」
「確かに」
 
 
「私はいつも、杏寿郎様のことしか考えていないということです」
 
 
 泥濘んだ道も、水を噴く山肌も、夜に行くのはやはり危険だ。毎日非番になろう筈もない。ならば、せめて晴れていた方が良い。彼が行くならば、晴れていて欲しい。
 共に過ごすようになって間もないからこそ、思っていることを全て伝えるのは怖いこともある。それでも、この想いは恥じるようなものではない。
 
「……参った」
「杏寿郎様?」
 
 肩口の上から降った、掠れた声に彼を振り向き仰ぐ。首を弱弱しく振り、夫は片手で顔を覆っている。全く君は、などと不本意な台詞まで聞こえてくるのはどういうことだろう。
 
「なまえ」
 
 杏寿郎が溜息を吐いてなまえの名前を呼んだ。
 掴まれた腕が、微かな痛みを訴えている。心なしか、杏寿郎の呼吸が浅い。薄く開いた彼の唇が、言葉を紡いだ。
 
「明日の朝は、ゆっくりしないか」
 
 何を言われたかを理解するまでに、時間を要した。今日なまえらしくないことを言ったというなら、彼だってそうだ。彼はこういう誘いを口に出したりはしない。
 
「……杏寿郎様が、よろしいのでしたら」
 
 躊躇いがちに返事をすると、夫は空いた反対の腕に触れ、そのまま口づけを落とした。

5/30 ... 『てるてる坊主』
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