晦日の夜

 流れるような動作で刃を頸に打ち、怨嗟の断末魔を上げながら崩れていく異形を眺めていた。さらさらと、砂塵が風に晒されるが如く。跡形もなく消えていったことを見届け、血を拭った日輪刀を納めると硬い鍔鳴つばなりの音が静寂に響いた。
 溜息を漏らす。上を向くと、木々の間から細い月が覗いている。
 斬っても斬ってもキリがない。際限なく沸いてくる羽虫のように、命を賭している自分達を嘲笑うようだ。この終わりのない闘いは、一体何時終わるのだろう。
 
「見事だ。暫く見ぬ間にまた強くなったな!」
 
 その場に不似合いな位の大きな声に、緊張の糸がぷつりと切れる。気配を全く感じなかった、流石は柱と感嘆する他ない。
 
「煉獄さん」
 
 声の方を向くと、果たしてやはり、想像した通りの男が立っている。薄暗い宵闇の中で、彼の声を聞いただけで不思議と明るくなったように感じた。
 
「お久し振りです。柱の手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」
 
 自然と伸びた背筋を正しい角度で折りながら謝罪する。本来なら柱が来る予定ではなかった。先遣だった自分達が不甲斐ない為に、彼が今此処にいるのだ。杏寿郎が此処に来たのなら聞くまでもない、首魁は彼が斬ったのだろう。
 
「俺と君の仲だろう、寂しいことを言ってくれるな」
 
 普段は吊り上がっている眉がなだらかに落ちている。付き合いが長いだけの自分には過ぎた言葉だ。彼が他には見せない柔らかい表情を、時折自分に見せてくれるその瞬間だけで充分満ち足りている。
 
「無駄な力が入っていない。よく鍛錬したんだな」
「鬼殺隊の人間として、当然のことです」
 
 炎を模した羽織が翻るのを目で追い掛ける。夜目にも映える白が、徐々に近付いてくる。
 
「どうした?」
「え?」
 
 はっとすると、そこには間近に迫った彼がいる。安全を確保しきれていない状況下で、思考を疎かにしていたことを気付かれてしまったと我が身を省みても、もう遅い。
 
「疲れたか」
 
 重心を下げる杏寿郎に、表情から思考までもありありと読まれてしまった。柱がいるからと気を抜き過ぎだ、不甲斐ない。
 
「まぁ、大晦日にまで何やってんだろうとは思いますね」
「確かに! 来年は穏やかに過ごしたいものだ」
 
 恥ずかしさになまえはふいっと顔を逸らした。自分の頭が無遠慮にわしわしと掻き回され、ぐしゃぐしゃになる。ぶっきらぼうに、話をすり替えた自分に無言で乗ってくれる優しさに泣きそうになる。
 
「栗きんとん、沢山作って差し上げましょうか」
 
 大きくて、硬くて、けれどこの世で一番安心できる。鼻の奥がツンと痛くなったのを無かったことにして、こくりと唾液を飲み下した。
 
「是非お願いする。一緒に食べるとしよう」
「……叶うといいですね」
 
 一年が終わる。来年の正月を、自分が、彼が、迎えられるのかどうかすら定かではない。一年先の約束をするには、自分達の存在は余りにも儚い。なまえが明確な約束を避けて曖昧な微笑みを浮かべると、彼は笑った。同時に微かに聞こえてきた梵鐘の音色に、これらが迷いや不安を祓う、まるで祈りのようだと思った。
 
「煉獄さん、除夜の鐘ですよ」
「年が明けるな。夜も、何時か明けるだろう」
 
 荘重な音が、断続的に響いている。思っていたより人里の近くだったらしい。年の暮れも明けも、鬼が出れば関係のない自分達にとって、極当たり前の生きる営みを感じられる機会は決して多くない。
 何時か――鬼が、いなくなる時が来ると信じている。その営みの輪の中に、自分達も入れたらいいとこいねがって止まない。
 
「夜明けは、君と迎えられるといい」
 
 傍らの杏寿郎が、なまえを見下ろして言った。鬼との戦の終結を示していると分かっている。分かっては、いるのだが。
 
「……っ! 紛らわしいこと、言わないでくれます!?」
 
 その台詞に、男女の艶めいたものをうっかり想像したなまえが、顔を真っ赤にして怒鳴る。杏寿郎の豪快な笑い声が、鐘の音すら打ち消した。

2020 New Year Eve