山の稜線が、うっすらと暁に色付いている。太陽の色をいくつもいくつも、襲ねたように。吐いた息は、薄明りが照らし出したところを残して、白く煙けぶった。
両手を口元に当て、はぁ、と息を吹きかける。先程まで激しく刃を振るっていたお陰か、気温に反して身体はまだ冷えてはいない。ただ、身体の端々から凍っていく。
「寒いか!」
「寒くはない」
掛けられた声に、振り向かずに淡々と答える。馬鹿でかい声は、顔を見なくても分かる。入隊した時期ばかりが同じで、後は何一つ、私は彼に比肩できるものがない。
減っていった同輩の数に反比例するように、過ごした長さは私と煉獄の距離を近づけた。きっと同じ立場なら誰でもそうだ。けれど、実際は生き延びた回数だけ上がった階級と共に、私は今までと同じような気安い関係ではいられないことも頭の片隅で分かっていた。
「溶かしたいだけ」
擦り切れた汚い自分の手を顔面にさらして見つめる。全く美しくない手だ。硬く、素肌の上には散らばった肉刺と傷痕ばかり。今は、指先から動かない気がした。
動かない。動けない。
凍っている。……何が?
闘いが終わり、惚けている自覚はあった。立っている感じがしない。ぐらぐらと視界は回り、覚束ない。空気は、まだ冷たい。
ぐいっと、空いている手を煉獄に強く引かれた。
「知っているか」
もつれ た足の勢いのまま、彼の懐に飛び込んでいた。反対の手で持っていた日輪刀が鈍い音を立てて地面に落ちる。ふらついた私の肩を、彼は支えてくれた。
「俺の手は、君が思っているより暖かいぞ」
繋がっている掌から流れ込んできた暖かな体温が、煉獄の言葉を否が応でも思い知らせてくる。この男は、声と性格だけでなく体温まで熱いのか、と更に眩暈がした気がした。
くらくら。回る視界は、朝陽を遮っている。視界が、暗転しかけている。
違う!
正気に戻って目をしっかり見開くと、荒れてかさついている筈の唇が濡れている。視界を埋め尽くしているのは、煉獄の顔だった。
大きくて丸い、彼の赫い瞳しか見えない。男女の関係とは縁遠い筈の私達がこうなった理由は、さっぱり分からない。ただ、私は呆然と彼を見つめて、彼も私から目を逸らしたりはしなかった。
「……どうして」
「どうしてだろうな」
彼の漏らした吐息がかかって、身体がびくっと反応する。同時に、緩んだ雰囲気と表情に、精神的な緊張は解けた。一瞬のぴんと張り詰めた糸は切れて、普段の私たちに戻る。
「溶かしたいだけだ。俺も」
柔らかい煉獄は珍しい。たまに垣間見る彼の一部分に、私は確かに優越感を覚えている。けれど、私は、普段の私たち以外の何ものにもなりたくはないと思った。
「何を」
「さてな」
いつもと同じことを意識する。言葉も、調子も、表情も作らなければならない。
煉獄もそうだと分かっている。尋ねた答えに、彼が何と返事をするのかすら、私には分かっていた。
「言いあう必要はない」
彼の笑顔は余りにもいつもと同じで、これは勘違いだと自分を言い聞かせるには充分だった。
例え、指先と頬が、かつてない程熱くなっていたとしても――彼が溶かしたいと言ったものを、私が理解する必要もないのだ。
1/7 ... 『どうして』
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