淡い色合いの折り紙で作られた花を見慣れてきたのは、最近だろうか。
ある日突如として営業成績表に添えられたそれは、殺伐とした雰囲気を一変させた。会社と言う公的な場には不似合いな程の可愛らしさ。
和なごんでいた、というのがきっと正しい。
▽
――ひらり。
自分の足元で、薄桃の和紙が翻ひるがえりながら落ちていった。屈んで拾い上げると思っていたよりも分厚く、指先で擦るとざらざらとしている。
「すみません!」
立ち上がった内勤の女性が素早く出てくる。色紙を渡すと、彼女は大切そうに触れて、微笑んだ。
「お手間取らせました。ありがとうございます」
通りすぎようとしていた休憩室のテーブルにいた彼女の手元には、見覚えのあるものが幾つか散らばっている。杏寿郎は、角々を合わせてきちんと折られた花の一つを手に取った。
「あの花は、君だったんだな」
「へたってきたので変えようかと。受け入れて貰えているようで良かったです」
ピンクにクリーム、空の色。圧し掛かってくる目標が濃い色の紙細工で飾られるようになって、それらは概ね好意的に受け止められていたように思う。暖かく明るい季節になったついでに入れ替えるなら、更に好ましい。
「何故、花を?」
手持ち無沙汰に、一輪を指先で弄ぶ。これを作ったのが誰なのか、杏寿郎は初めて知った。首から提げられたIDカードを盗み見ると、『みょうじ なまえ』と彼女の名前と部署が書いてあった。
「味気ないって話はあったので。皆さんが頑張った結果ですし」
「頑張った……」
「すみません、言い方下手くそで!」
「いや、そういうんじゃないんだ。すまない」
その名前を、杏寿郎は知っていた。統括部門に出す様々な書類が不備で返ってきた時に、どう直すのかを丁寧に記された付箋ふせん。申し訳程度に押された差出人の判子は、いつも同じだった。
差し出がましくない控えめな付箋は、飾られた花によく似ている。今、頑張るという言葉一つにも杏寿郎を立てた物言いを心掛けようとする彼女の印象にぴったりだ。
「当たり前のようにしている努力を、褒められて悪い気はしない」
「そうですか?」
営業であれば、成績を出すのは当然のように求められることだった。成績を重ねれば重ねる程、それは更に『当たり前』になっていく。他意なく褒められることは、久し振りのことだった。
「ああ。君も――」
くるり、くるり。回る花を持ち主に向ける。彼女が手を伸ばし、その指先がつと杏寿郎の中指に触れた。ぴりりとした優しい刺激が走り、二人して顔を見合わせていた。
「あの花は、俺も好きだ。ありがとう」
「……は、はい」
直視したままで告げる。
頬を薄く染めた彼女に、杏寿郎は思わず笑顔になった。
6/5 ... 『ひらり』
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