— side. α —
プラントには、婚姻統制という制度がある。
『第二世代のコーディネイター』である私達は、幼い頃からこの制度のことを聞いて育ってきた。即ち、自分達の世代にとって、結婚は遺伝子の相性の良さだけで他人に決められてしまうものなのだ。
一生涯を共に生きる人だというのに、感情も好みも、面識さえも一切考慮されない。ただ種を繋ぎ子孫を増やす為だけに生きるなら、私達の自由とは何なんだろう。
――結婚しなければならない人を、私は好きになることができるんだろうか。
▽
「おかえり」
学校から帰ったなまえに、父――ミハイルは清々しい程の笑顔で封筒を差し出した。
親展の筈のその郵便物は既に開封されていたが、特に気に止めることもない。役所から来る類の文書は、成人と言えどもまだ学生である自分には荷が勝ち過ぎている。
「ただいま、父さん。何これ?」
普段通りの挨拶を返し、茶色の封筒を受け取る。
思っていたよりも分厚く重量感のあるそれに得体の知れなさを感じ、なまえは顔を顰めた。父はいつもと変わらない穏やかな笑顔で続きを促してきただけで、何一つ言ってはくれなかった。
がさり、と紙の擦れる音ともに書類一式が姿を表す。一番に目に入ったのは、婚姻予定者という文字だった。
「あ……」
その単語だけで『これ』が何なのかをなまえは察した。今まで話にしか聞いていなかった婚姻統制が、急に現実味を帯びてくる。
「君の結婚する相手が決まったよ、なまえ」
将来の自分の伴侶のことだというのに、婚約者といった表記ですらないところが何とも事務的で、実にシュールだ。
そもそも、本来配偶者は内定通知されるものではないだろうに。自然と俯いていたなまえの視界の端で、持っていた紙の束がくしゃりとひしゃげた。
「まぁ、おめでとうと言っていいんだろうね、これは」
父は大概おおらかな人だ、滅多なことでは感情の起伏を表に出さない。そんな彼が、珍しく皮肉めいた言い方をした。
自分の両親がいわゆる恋愛結婚であることを、なまえはよく知っている。
今は亡き母と父の夫婦仲は娘の自分から見ても呆れる程良かった。そんな父にとって、自分の娘が赤の他人に決められた相手と、半強制的に結ばれる現実は面白くはないのかもしれない。
「どういうこと?」
「見れば分かる」
再び先を勧められ、なまえは書類を捲る。滑り落ちるように出てきた写真には切り揃えられたプラチナブロンドと整った容貌の、自分と歳の近そうな少年が写っていた。
いかにも綺麗にデザイニングされた、コーディネイターらしいコーディネイターだ。白銀の髪とアイスブルーの瞳。この美貌は、なまえにも見覚えがあった。
「……まさか」
テレビでも幾度と見る機会がある評議会議員が一瞬脳裏を過り、馬鹿げた推測だと頭を振った。
相性がいい遺伝子というのは本来同等のものか、或いは全くの異質だ。
「ご名答。さすが僕の娘」
しかし、父は寧ろ肯定した。色々な想いが振り切っているのか、最早楽しそうにすら見えることがなまえの混乱に拍車をかけていた。
評議会議員を務める彼の麗人は資産家のエリートであり、高名な航空宇宙工学者でもある。その系統であるなら、やはり優秀な遺伝子の持ち主であると言っていい。
「冗談やめて。ウチみたいな庶民と繋がり持てるような家じゃないよ」
反してなまえはコーディネイターではあるものの、今時珍しく殆ど『弄っていない』タイプだ。
ナチュラルよりかは良いものの、コーディネイターの中で突出した才能を持ってるとは思えなかった。両親の特性を明確に受け継いでいる自分の遺伝子は、彼の遺伝子に余りにもそぐわないのではないか。
まるで釣書きのようなプロフィールの一番上に『イザーク・ジュール』の名を認めた瞬間、なまえの口からは乾いた笑いが漏れていた。
人間、衝撃が強すぎると笑うしかないのかもしれない。先程の父や、今の自分のように。
「君の相手はマティウス市最高評議会議員、エザリア・ジュール様のご子息だよ」
絵本作家の父と専門学校に通う学生のなまえ。母亡き後、慎ましく静かに暮らしていた、平凡を絵にかいたような父子家庭の自分が。
最高評議会、急進派でも次席にあるような評議員のエザリアと、若くしてザフトに入隊したイザーク。プラントの中でも指折りの名家のイザークと。
――将来、結婚する!?
それは、青天の霹靂以外の何物でもなかった。