ちりん……と鳴ったドアベルの音に、安室は洗い物の手を止めて顔を上げた。
「いらっしゃませ」
身に沁みついて条件反射となった言葉を口の端に乗せて、目線をドアの方に向ける。階上の住民と暫く見ていなかった顔に、安室は僅かに目を瞠った。
「空いている席にどうぞ。……久し振りですね、なまえさん」
営業用の笑顔で迎えると、なまえはコナンと蘭が席を吟味しているのを分かった上で、どうにも居心地悪そうな顔でほんの少しだけ目礼した。
後は切り替えたのだろう。直後に安室と同じように穏やかな笑顔を浮かべて見せたのは流石だった。
同行者に遭遇して、誘われて、断り損ねた感がありありと目に浮かぶ。
「こんばんは。最近少し忙しくてご無沙汰でした」
安室の横を軽やかにすり抜け、どうやらソファー席の一つを選んだらしいコナンと蘭の元へ行く。
週に一度より少ない位の頻度で来ていたなまえは、公安としての降谷を見て以来、ポアロには来ていなかった。最後の来店から半月以上は経っている。
「ご注文は?」
冷やを三つテーブルに置くと、それぞれ蘭とコナンはナポリタンとカレーを頼んだ。なまえは注文を既に決めているのか、手元にメニューを置いていない。
久し振りにまともに見た彼女は、前よりも線が細くなっている気がした。
「コーヒーと、安室さんのハムサンド」
「僕の?」
わざわざ名指しで確認しなくても、ポアロにハムサンドは一つしかない。満面の笑みで言う様が可笑しくて、つい聞き返してしまった。
「来れない間、食べたくて仕方なかったんです。パン屋さんのじゃなくて」
ほぼ再現してくれているパン屋のものではなく、敢えて現地で食べたいと。
なまえが来ていなかったのは、たかが半月。そこまで熱望して頂けるなら喫茶店の安室としては本望だが、同時に、彼女がポアロに来なかったのは降谷の立場を慮ったからだろう。
「……テイクアウトで届けましょうか?」
「滅相もない。遠慮します」
純粋な好意で申し出た提案は、即座に却下された。僅かに顔を出した部下の態度に、ふはっと笑いが漏れた。
「また何時でも来て下さいよ。お待ちしてますから」
ポアロに関しては、そこまで遠慮しなくてもいい。そういう意味で伝えると、なまえもはにかんではい、と答えた。
「ねぇ、なまえさん。安室さんと何かあった?」
「何か? 何かあったかな、特に覚えないけど」
「今までと距離感違うよね。……安室さんが」
「安室さんが?」
「なまえさん、安室さんと仲良くなったんだね!」
「……どうかなぁ」
オーダーを通しに戻るその背後で、コナンとなまえの会話が聞こえていた。
――果たして、自分は彼女と近くなったのだろうか。