#02:conceit (2)

「お帰りなさいませ、風見さん」
 
 陽が傾き始めそうな頃合いに帰庁した風見を待っていたのは、とてもいい笑顔をたたえた新任部下だった。
 その表情が素晴らしく作り物めいていて、風見はなまえが非常に怒っていることを悟る。おまけに机に散乱していたファイルは床の段ボールに軒並みブチ込まれていて、更にぞっとした。
 
「……ただいま帰りました」
「すみませんが、資料室のもの、閲覧が終わっているかどうかも分かりませんでしたので返却はしていません」
 
 降谷からの呼出しや仕事はどんな無茶振りだと思うようなスピード感を求められることは間々あるが、しかして、自分の適当極まりない指示よりはマシなのかもしれない。少なくとも、風見と降谷の間にはそれなりの年月と信頼感というものがある。
 着任早々、出会った当日の部下に頼む仕事ではなかった。年下の女性の部下に思わず敬語で返しながら、先週末に降谷と呑みに行った夜を思い出す。
 
――結構、すごいぞ。
 
 案の定、降谷は用度課のみょうじ なまえを風見の下に置くと決めたのだ。
 女性の事務の部下を持ったことがない風見にとっては青天の霹靂であったが、降谷が寄越すというなら来るのだろうから仕方ない。異論も唱えずはい、と応えた風見に、降谷が言ってのけたのは思ってもいないことだった。
 
 結構すごい、とは何がどうすごいんですか、とは聞けなかった。今日の今になって、降谷の例えはあながち外れていなかったと身を以って知る。
 
「僭越ながら、風見さんの机に未決既決のエリアを作らせて貰いました」
 
 自慢にもならないが、風見とその周りの人間のデスクはお世辞にも綺麗とは言い難い。整理整頓する時間があるなら他のことをしたい。とは言え、周囲からは混沌とまで言わしめていた汚さは、彼女の手によって標準れべるにまで引き上げられていた。
 
「終わったもので返却物は私の机で結構です。提出物は先毎にファイルの色を分けて用意していますから、分別さえして下されば適宜提出しておきます」
 
 朝にはなかったファイルトレーが二つ並べられ、太い黒マジックで済・未済の字が記されている。箱だと容量に限界があるので、敢えて上に積み上げ可能なトレーを選んだらしい。更にカラフルなファイルがファイルボックスに収まっており、ボックスにはまだ作りかけの表が貼ってあった。色毎に提出する先の上司や部署を決めて書いて置けということなのだろう。
 半日足らずで自分のデスクがかなりの変貌を遂げていることに驚きつつ、礼を言った。
 
「頼まれた資料は一係の主事にやり方を聞きながら作成していますが、片付けに手間取ったので定時まで時間を下さい」
 
 寧ろそこに手を付け始めていることに驚いた。机に乱雑に積み上げていた資料も時期と五十音にソートされていて、かなり使いやすくなっている。資料作成はこれから自分でやろうかと思っていた位だ。
 
「何かご質問は?」
「……問題ない」
 
 ただの業務報告を受けているだけなのに、何故こんなに恐縮してしまうのか。
 自分の元に遣わされた部下が、思っていた以上に『使える』のはよく分かった。同時に、この部下は『使いこなす』のはかなり難しく、ともすればこちらが掌で転がされそうな勢いだ。
 
 
 
「風見さん、最低限の整理整頓は仕事を効率よくするのに必要だと思います」
「……そうだな」
 
「補佐されるのに慣れてないのは分かりますが、指示がザル過ぎです」
「…………すまん」