sweetie sweetie

「アイスカフェオレ、お待たせしました」
 
 目の前に置いた背の高いグラスに、オーダーが来たことを察したなまえが見上げてくる。意識して極上に作り上げた自分の営業スマイルに、撃ち抜かれそうになっている。耳の端を仄かに染め、はにかむように視線を逸らした彼女に、危うく自分が返り討ちに遭いそうだ。
 
「シロップは要らないんでしたよね?」
「そうですね」
 
 聞かなくてもとうに知っている彼女の嗜好を、会話を引き伸ばす為だけに敢えて問う。型通りにトレーに載ったシロップは今日も出番が無さそうだと手を引き掛けた時、ふと視線を感じた。ストローを挿してくるくると回しながら、一向に口を付けない。ふっと浅く漏れた嘆息に僅かばかりの違和感を察知して、透明な蜜の入ったピッチャーを彼女の傍に置いた。
 背丈のある自分だと、座っているなまえとは視線がまるで合わない。上体を折って、そっと彼女の耳の傍で囁く。
 
「今日は、甘いものが欲しくなりました?」
 
 低い声に肩を震わせて、彼女は耳元をぱっと押さえた。隠されてしまった耳朶は、きっとさっきよりも赤くなっているに違いない。
 
「たまには、……」
「そういう時だって、ありますよね」
 

 言葉を濁しながらも、ぱちりと合った視線ににっこりと微笑む。普段よりも近い距離に動揺している様に、満たされていく。それは可愛らしい恋愛感情なんてものではなく、彼女を少しずつ絡め取っていく支配欲なのかもしれない。
 
「もう! コナン君が待ってますよ」
「はいはい。ゆっくりしていって下さい」
 
 ぐっと押されて、追い払われてしまう。自分より遙かに小さな掌を背中に感じて、いつもの『安室さん』の笑顔を貼り付けた。
 
「……安室さん、なまえさんのこと好きでしょ」
 
 カウンターに座って水を飲んでいた眼鏡の少年は、半眼で自分をねめ付ける。トレーを定位置に片付けると、彼と顔を突き合わせて笑って見せた。
 
「何のことかな?」
 
 人から好感を持たれるような、わざと距離感を無視したような対応を彼女以外の客にもしている。それでも、滲み出る甘さを、微かに違う種類の表情を、小さな探偵はよく観察している。知らぬ振りをしても、彼にはお見通しなのかもしれない。
 
「別に。僕、アイスコーヒーがいい」
 
 興味がないのか追及の手をあっさり引っ込め、小学生にしては渋いオーダーをする。了解、と応えてグラスに氷を用意し始める。
 
「ねぇ、なまえさんって安室さんのこと好きなの?」
「……っ、えっ!?」
 
 突如として店中に響き渡るような大きな少女の声に顔を上げる。コナンとは違い、子どもらしい容赦の無い追及に彼女はすっかりしどろもどろになっている。それはやはり、自分とは違い、感情がありありと伺える狼狽え方だった。あそこまで露骨な反応をすれば、見逃すこともできないだろうに。
 
「良かったね、両想いみたいだよ」
 
 ちっとも祝福していなさそうな感慨のない口振りで、コナンは呟いた。頬杖を突きながらなまえと少年探偵団の面子を見る様は何処までも冷静だ。
 
「……そうだね」
 
 はぁ、と溜息を一つ。出来上がったアイスコーヒーをカウンター越しにコナンに差し出すと、氷の溶けて崩れる涼し気な音が響く。帰ったら彼女に説教をしなければ、と一人心に決める他なかった。